「中村天風哲学勉強室ホームページより」引用- 日下和信さんのホームページ

 

病の人・深い悩みの人に、ぜひ聞かせたい「天の声」

 あなたは、「天の声」を聞いたことがありますか。「ない」、それはまことに残念です。だから病や悩みを治せないで居るのです。知る人ぞ知る「天の声」。でも、まだ知る人は少ないですね。知らない人には、全くの朗報ですよ。これを機会に真剣に「天の声」を聞く人になってください。実は「天の声」は、大概の病に効く特効薬なのです。但し、聞く人の態度が効果を左右しますので、“素直に、謙虚で、熱心に”聞くことが大切です。聞く態度が重要ですから、ここを安易に考えてはいけません。そのことをしかと心に留めて置いて下さい。そのことをお願いしておきます。前置きはこの位にして、「天の声」の効能と聞き方について話を進めましょう。

 「天の声」は、ワンマン社長の声ではありません。解り易く言えば、“天から聞こえてくる声”と言い得るものです。「天の声」の効果は絶大で、医者から匙を投げられた天風先生の結核をを治し、再び健康体として甦らせてくれたのです。この間の事情は「天風哲学の概要」のページでも触れていますが、ここでは病や悩みを抱える人のために、具体的にどう対処するのかということについて、信憑性を持っていただくことにも配慮して詳述しましょう。

 天風先生は「死ぬなら日本で死のう」と考え、絶望状態で帰国の途に付くわけですが、その道中でヨガの大聖者カリアッパ師に出会い生命を助けられたわけです。連れて行かれたヨガの村は、ヒマラヤの麓にあり、寒冷な気候で、食料事情が悪く「こんな食事では病気の私は生きて行かれません」とカリアッパ先生に訴えるのですが、取り合ってもらえないので、覚悟を決めて修行に入るわけです。そして、修行の中でカリアッパ先生の口から意味深長な言葉が出るわけです。「お前の病を治してやるために「天の声」を聞かせてやろうと思っている」と言われるわけです。聞いたその時天風先生は半信半疑で、そんなもので治るのだろうかと思っているわけです。しかし、カリアッパ先生は「それで治るのだ」と繰り返します。そこで、滝壺の傍で座禅の修行が始まります。しばらくして、天風先生は滝の音がうるさいので他の場所でさせて欲しいと訴えますが、「あそこは、お前のためにわざわざ選んでやったのだ」と言われてしまいます。そして、滝の音がうるさいというようなお前の耳には、「地の声」も聞けないのではないかと言われ、「天の声」を聞く前の修行として「地の声」を聞きなさい、となります。「天の声」の前に「地の声」も聞かねばならないのかと不満な気持ちで修行を続けるわけですが、アドバイスを受けて「地の声」が聞こえるようになります。
 では、次は「天の声」を聞けと言われ、“病気を治せるという気持ちも後押しして”一生懸命「天の声」を聞こうと必死になるのですが、どうしても聞き取れません。天風先生の耳は、感覚が研ぎ澄まされ通常の我々の耳では聞き取れないような微かな音も聞き取れるようになっていたにも関わらず、聞き取れず、カリアッパ先生に「先生は天の声が聞こえているのですか」と問いただします。すると「ああ、のべつ聞いている」と答えが返ります。負けん気の強い天風先生は、ちくしょう俺にはどうして聞こえないんだと自分に腹を立てるわけですが、どうしても聞こえないのです。

 これだけ熱心に聞いても聞こえない。ある時、エエーイ、どうでもいいやーと思い、草むらに寝ころんでしまいます。そして、空を流れる白い雲に意識が入り込み、周囲の音も聞こえなくなり、ぼーっとした感覚で、雲の上にいるような気分になり、理由もなく突如涙が溢れ出てくるのです。

 この出来事を帰り道カリアッパ先生に伝えると「それが天の声じゃないか」と教えられます。「天の声」は、“絶対的なしじま(静寂)”なんだよと種明かしされるのです。これは、天風先生の“「天の声」の悟り”の瞬間だったことになります。

 「天の声」の実体が理解できて、天風先生は座禅修行の大部分の時間を「天の声」を聞くことにあてます。すると、どうでしょう。果物やヒエの食事そのままであるのに「ぐんぐんと元気が戻ってきて、体重が驚くようなスピードで増えてきた」のです。この後、天風先生の結核は治ってしまうことになるのです。以上が、現実にヒマラヤ山麓で起こった事実です。文明圏の医者が治せない病を「天の声」を聞くことによって治した実話です。

 この話を、アナタはどれ程本気で信じるかが、「アナタの病なり、悩みなりを治せるかどうか」に関わります。なぜなら、信じないと本気でやろうとしないからです。

 現在の私は、寝る前の短い時間「瞑想」をしています。言い換えれば、「天の声」を聞くようにしています。「天の声」は、天から降り注いでいる「音無の声」です。背骨をピンと立てて座ると、頭頂部分に妙な感覚が生じます。そして、心の中は「何も考えない状態(無念無想)」に置くようにします。座り始めた頃は、「天の声」の効果が理解できず、ついつい“時間が勿体ない”と感じることが良くありました。しかし、今では心を無念無想の状態にすると「自然治癒力が最高度に活性化される」ということが、それなりに実感出来るようになり、“心にしばしの休息時間を与え、活力の吸収に役立っている”貴重な一時だと思えるようになりました。昼間でも、ほんの数分から10分くらい「心を鎮めるために」瞑想をするのは、精神的労働をしている人々にとってサボっていることにならないと思われます。短時間の無念無想は、頭を心をリフレッシュするのにとても効果的です。意図的に無念無想の時間を作らないと、多くの人は「考えない時間」を作り出せないでしょう。のべつ良いことやくだらないことを考え続けるのが、脳味噌の習慣になっているからです。睡眠時を待つよりも、時々は頭を休めて興奮を下げるのがよいのです。

 「天の声」を聞くということは、気負い無く冷静な気持ちになって、天から来る声をただ聞いていただけたらよいわけです。その時、精神状態は、天の方に意識を向けていても音は実際には聞こえませんから、その時の精神状態は、実質的には何も考えず、ほぼ無念無想の状態にあると言えるのです。念のために、実際に天の声を聞く方法を書いておきましょう。腰骨を垂直に立てて座ります(椅子の時は、背もたれに寄りかかってはいけません。おしりを前半分に付けるようにして、背骨を垂直に座ることが大切です)。座り方は、正座でも、あぐらでも、座禅の時に座る他の方法でもかまいません。ただ、長続きのする姿勢を取り、五感感覚から入ってくる刺激に無関心になるように心掛けて、なるべく無念無想の瞬間が続くように心掛けます。座り始めた頃は、色々な思いが頭の中を駆けめぐります。それは仕方がないことで、浮かんだ思いを考えないように、うち捨ててやり過ごします。程なく(慣れるに従い短くなります)、あまり雑念が浮かばなくなってくると、「何も考えていない時間が出来てきます」。この時間が、無念無想の時間です。思考作用を止めるということが、出来るようになってくると自在にこのような心の状態を作ることが出来るようになります。「天の声」を聞くとは、このような瞬間をなるべく長く作って心を落ち着かせていると言うことになります。このような時間を持つだけで、自然治癒力が活性化され、活力が貯まってきて、前向きの対応が取れる元気が作り出されてくると言うわけです。

 そこで、悩める人は、考えてみてください。“悩んでいることを忘れている一時がありますか?”。起きている時間の殆どで、悩みを意識しているのは大変なストレスで、エネルギーの浪費だとお考えになりませんか。気が滅入りますし、心配が増幅されてきます。悩みは、具体的な対策を実行するか、心の悩みならば考え方を変えない限り「悩みが解決したり、軽減されることは有りません」。そのことが理解できるならば、“悩みを悩み続ける必要はありません”。悩まない時間を少し作るわけです。「天の声」を聞く一時を作ってみてください。そして、自然治癒力を高め、肉体的にも心理的にも活力を蓄え、心を休め、考え方を切り替える切っ掛けとされることが大事ではないかと思うわけです。

 病の人には、“病は、忘れたら治るのだ”とヨーロッパで教えられても、どうしたら忘れられるのかを教えてくれなかったため、忘れることが出来なかったという天風先生の有名な逸話がありますが、忘れていること、即ち、心に思わないことが、病を治すのに大切なのです。そうだとすれば「座禅をして無念無想の状態になれば、しばらくの間病を忘れられる」ことになり、だから、ここで無念無想をお勧めしようというのです。それと、先に天風先生の結核が治ってきた過程を紹介したように、「天の声」を熱心に聞くようにすれば、結果として病は治るのです。信じてやってみてください。
 人間の本当の姿は、自然治癒力がキチンと働いていれば、健康で居られるようになっているのです。薬は、緊急避難的に体に受けたダメージを急いで修復する役目を果たしていて、恒常的に健康で居られるのは、間違いなく自然治癒力の働きに負っているのです。現在の日本人は、自然治癒力と薬の関係を誤解しています。とかく薬に頼りすぎていて、悪く言えば「薬好きですぐに薬を飲みます。薬を飲み過ぎるくらい飲む人が多いのです。そんな人は、副作用で別の病気になりに行っている」とさえ言えるのですよ。それに対して「天の声」を聞くことは、ただただ自然治癒力を高めることで、現在飲んでいる薬と悪い反応を起こすことは殆ど無いと考えられます。だから、闘病中の方は、医師の指導を守りながら、しばしば瞑想なり座禅なりで「無念無想の時間」を作られたらよいと思います。何もしないことだけで、体によいと思えないかもしれませんが、試しにやられてマイナスはないのですから、ぜひぜひ試されることを勧めます。

 「天の声」は、無料で聞けます。熱心に聞かれたら、治りがウンと早くなると思います。だまされたと思ってでもいいですから(騙してませんよ)、しばしば無念無想の時間をお持ち下さい。

「天の声」について、読者より「どこに書いてあるか」との問い合わせがあり、「天風会では有名な話で、方々に書いてあるから」と簡単に返事をしてしまいましたが、調べてみますと「市販本には、その記述が少なく、会員として受けていた情報であったようで、その部分の在るところ」を書き加える必要を感じました。お問い合わせの方には、その節は、少々つっけんどんな応対をしてしまいましたが、すみませんでした。逆に教えていただいたので、この追加が書けています。ありがとうございました。
※ 天の声の記述部分は中村天風述『盛大なる人生』日本経営合理化協会編のP211~とP406~に書かれています。後、市販本で手元にあるもので二冊書かれていますが、上記のものがカリアッパ先生とのやり取りをリアルに伝えています。ご参照下さい。